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月影日記

jose84.exblog.jp

この世を照らす光あらば、闇夜を斬る影もあり

新年を迎え、道場での初稽古を9日にスタートだったのですが、
大晦日からの厳しい寒波で大雪は降る、気温は下がるで、
集まったのは6人。
状況が厳しく、高齢の方や遠隔地の方は来ませんでした。
私個人は三箇日までの正月行事を終えて、スタートをきっておりましたが、
昨日、ほぼ集まっての稽古、居合の新年が本格的にスタートしました。

昨年は新型コロナウイルス感染の状況から、居合道連盟の行事が
ことごとく中止となり、昇段審査の受審を予定し稽古してきた
方たちは、当面の目標設定が崩れ、モチベーション維持にも
影響があったと思います。
しかし、ある意味、落ち着いて基礎的な稽古に時間をかける事が出来、
長い目で見れば良かったとも考えられます。

年は新になりましたが、コロナ感染の状況はむしろ厳しさを増し、
昨年出来なかった事がいつから出来るようになるのかは不確定。
社会全体が元通りを取り戻すのではなく、新しい日常、新しい仕事の仕方など
状況に対応した新しいやり方を模索しております。

私共の居合においては、社会の変化に対応したやり方を工夫しながら、
何百年と続いてきた日本の武術の守るべきもの、受け継いでいくべきものを
再確認し、稽古に励む所存です。




# by yonagosinbukan | 2021-01-17 19:10
このところ、コロナウィルスのお陰で、ことごとく行事が変更となり、
居合でも年2回の地区大会や全国大会が中止。
大会時でしかお会いできない方々もいらっしゃるので、寂しい限りです。

稽古の方も、一定の目標設定が崩れ、日々の積み上げを淡々と
続ける事となり、特に低段位の方々はモチベーションを維持する
事にも影響があるように見受けられます。

しかしながら、本来、稽古というものはそういうもので、
ただコツコツと繰り返し繰り返し積み上げていくものです。

最近は、少なくとも私は2段までの人たちと、型の本質を考えながらの
基礎を繰り返すような稽古に時間を割いております。
稽古としては地味ですが、これが本来の在り方。
「型」の意味をはきちがえ、演武のための演技力のような練習や、
実戦でのパターンのような練習とは違う稽古、この積み上げは、
後々には大きな違いとなり、個々の居合道に生きてくると思います。






# by yonagosinbukan | 2020-10-10 22:45
お盆の大型休日も終わりました。
報道によりますと、お盆の帰省については、約9割の方が帰省を取りやめたそうです。
実際にはお盆の帰省の無い方もおりますので、当地でも県外者の姿は通常より
多く見かけました。

新型コロナの影響は依然続いており、我々居合道に励む者にとっても例外にはありません。
秋に予定されていた中国地区大会も開催は困難な状況です。

年に2回行われる地区大会時には、五段までの昇段審査も行われており、
私が現在指導しております二段以下の者たちは、9月の昇段を目指して
この酷暑の中、稽古してきたわけですが、秋の昇段は困難なようです。

現在、日本はおろか世界中がコロナ渦での様々な影響に翻弄されている状況下
ですので、致し方ない事だと思います。割り切るしかありません。

私は個人的には段位称号にはあまり関心が無く、組織的な秩序のため、
序列を定めるくらいに受け留めております。
しかし、〇段と段位を頂いている以上は、少なくとも自身の段位より下の
方よりは、剣理・識見・指導力等において上回るものが必要と組織人としては
思います。

古くから伝わる武術の継承を進める組織ですので、他の社会活動とは
違う面は多々あると思います。
しかしながら、継承活動に必要な会員の確保については、今どきの
民主的な組織運営にも配慮しなければ、今どきの若い方たちを確保する
事に支障を生じる事もあります。

元々武術ですので個人の修行としては稽古が続けられる環境が確保できれば
良いのですが、昇段していく事が稽古を続けるモチベーションに影響する
今どきですので、如何に稽古の意味を理解し、その成果を得る事が楽しい事なのか、
そして、ついていきたい指導者であるか、そのあたりが大切だと思います。

伝統を維持し継承するという事は、守り続けなければならないものを
見失わず、ただただ稽古を続ける事であって、段位や称号の権威力にしがみつく
事ではありません。

武術は実力、武道は人間力が全てです。




# by yonagosinbukan | 2020-08-17 11:13
現在、感染対策と社会経済活動との両立という困難な課題で
社会全体が困惑しています。

我々の活動での影響で云えば、全国大会・エリアでの大会などの開催。
これらの大会時には昇段審査もあり、演武・昇段という節目までの
期間を使っての目標設定をして、集中的に取り組む課題をつくり
稽古もします。

個人的に本音を言えば、私は段位には何のこだわりも無いのですが、
門下の人たちにとっては、それなりにモチベーションを維持する
目標設定にはなっているので、現状のコロナ感染を避ける活動抑制が、
昇段だけでなく、日頃の稽古にも少なからず影響があると思います。

しかしながら、江戸時代で刀を使う闘いを終えた我々が取組む居合の、
その「道」においては、昔やっていた武術をサムライ気分で楽しむと
いう事ではなく、その考え方や理論を人間形成に役立て、如何に
現代社会で人間性や判断の仕方によって事を成すかという事。

「葉隠」の「武士道とは死ぬこと」というのは、犬死する事ではなく、
目的を達成するために、冷静で粘り強さが求められる武士の道です。

攻めと防御は一体のもの。別物としての両立ではないというのが
我々の考え方。大会を開くだけが攻めではないのです。





# by yonagosinbukan | 2020-07-17 06:34
6月から、ほぼ通常の道場稽古が再開されて約1ヶ月半。
やはり道場の使用が出来なかった間の個々の取組みが
顕著に表れております。
とは言っても、私の懸念していたような状況よりは良かったので
一安心。

それでもやはり、定例稽古以外に、如何に日常において取組むかが
大切である事が再確認されます。

とりわけ、上段位の指導が受けられない時において、自身が何から
積み上げていくかが大切で、これには押さえておかなければならない
術の成り立つ理論への理解度が大きな違いをみせます。

「型」をボクシングのワン・ツー、よけてフック!のように
闘いの場面想定でのパターンとして考え、その手順と形を練習するものや、
酷いのでは、時代劇のサムライ気分での演技のような見栄えを
追求するものは私としては問題外。
これらは少し時間をかけて練習すれば、目的は叶うでしょう。

私が目指す古武術の身体操法理論での術の習得という何とも困難な
謎解きのような稽古は、何からどのように基礎を積み上げていくかが
大切で、古武術が最も大切とする「型稽古」によって得ようとする
身体操法と、その動きからの効果(結果)というものは、
刀が止まった時の形が目的化したような稽古では得られません。

ただ、その様な「術」としての居合を目指している方はむしろ少数なので、
定例での道場稽古と、私自身の稽古や私と一緒に稽古したい方達との稽古は
別ものとして、とにかく私は私自身の目標を目指すしかありません。




# by yonagosinbukan | 2020-07-09 18:12